「不変長考」長く考えても答えは変わらない

悪鬼流コラム

フー フェン チャン ハー

麻雀を覚え始めて最初につまずくポイントとして、今の手牌から何を切ればいいか?通称「何切る」問題がある。形として覚えれば簡単なものから清一色の受け入れといった練習していなければ即座にわからないものなど様々だ。そういった手が来た時に考えてしまい、自身の手番が長くなる。いわゆる長考という状態。リーチが入った巡目であったり明らかな染め手気配の時に一言「長考すみません」とあれば気にならないものだが、何も無い場面で何度も長考をしてしまう人がいる。いくつもの麻雀コミュ二ティを渡り歩いてる人ならわかると思うが、こういう人は結構煙たがられていたりする。

考えているんじゃない、迷っているんだ

長考はだめだ、とにかく早く切れ、というわけではない。リズムさえあっていれば長考があっても自然なものとなる。煮詰まった場面での立直の受け、流局間際の聴牌判断など自然と発生してもおかしくない場面の長考は気にならないものだ。ではダメな長考とは何なのか、それこそが「答えの変わらない長考」である。例えば最序盤での切り出し時に迷って長考、これは打ち慣れた人であれば即座に正解を選べるような手牌である。字牌や端牌を考えずに切ればいい状況だ。多くの場合長く考えても最初にこれだろうな、という直感で選んだ牌と変わらない。
自分が学んできた知識の中で結局選ぶ牌は決まっている、ともいえる。今まさに対局中に長考することによって答えが見つかるわけでは無いのだ。自分が長考してしまっているな、と思える人がいたら是非直感で牌を選んでみて欲しい。

他の三人の思考時間を減らす

長考には情報を集める時間や押し引きに迷っている時間も含まれる。麻雀はやればやるほど考えることが多いゲームである。対戦相手の手牌や山読みと呼ばれるテクニックなど、自手番だけでは考えきれない事がほとんどだ。長考するたびに相手が落ち着いて全体を見渡せるため有利になる。また長考をしている自分も心理的に焦り不利になってしまう。長考はするよりさせるほうが強いわけだ。

悪鬼流の実態

みんなバシバシと長考するし、早よ切れー!などの暴言も飛び交うような状態だ。当たり前である、麻雀から長考は無くならない。一度も長考をしたことの無い人間だけが立直をかけなさい。これにはイエスもダマで構えた。そうだ、長考について長く考えても答えは変わらない。

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