前回の歴史:悪鬼流の始まり
何も賭けない健康麻雀だからこそ
近所にある平坦な公園をウォーキングした後に寄って帰る場所があった。今の悪鬼流道場が主流になる前の場所である。手積みの麻雀セットにゴム製マット、ホームセンターで買ったコタツがあるだけの部屋である。
ゲームしかやったことのない人には牌の混ぜ方からサイコロの振り方、ちょっとしたマナーなどを教えながら点数計算などを互いに勉強し合う麻雀。最初はやはりチョンボや点数間違いなども頻出し、記録として残すほどの対局はできていなかった。
健康麻雀といいつつ「負けた人がジュースを奢る」なんて取り決めもなく、純粋にゲームとしての麻雀を楽しんでいた。しかし、麻雀というものは点数のやり取りをし順位を決めるゲームだ。ただ漫然と打っていては自分が強いのか弱いのかハッキリとしない。そこで結果を記録して見返してみようという流れが出来上がった。
最初はウマやオカなどを考えずトップだけ
麻雀の点数にはオカ(25000点持ち30000点返しの5000点の部分)やウマ(トップ+30、ラス-30)などの最終持ち点からプラマイされる要素が取り入れられている。主流のルールではトップを取りに行くゲーム性になっていることが多い。オンライン麻雀ゲームなどではラスを取らないゲーム性などもあるが、麻雀戦術本などを見るとほとんどがトップ取り麻雀を扱っている。
そのため、最初期では「トップの回数」だけを記録していた。必然的にオーラスやトビギリギリなどの状況で1着にならないアガリは全て意味がないものになっていた。
「1着以外意味がない」というちょっとした取り決めが麻雀のルールをガラっと変えてしまった。1着を目指して打つのと1着以外は意味が無いのは大きく違った。南2局あたりから1着目は逃げ切りの体制、3着4着は安い手でアガる事に意味が無いため必然的に役作り主体となりスピードで負ける。特に当時は赤ドラ無しのルールでやっていたためオーラスではどうしようもない4着目などが多発した。
トップ取り麻雀で学んだこと
しかしこのトップ取り麻雀、別に悪いことではなかった。先ほど述べた通り現在主流の多くのルールがトップだけが得をする点数配分になっている。実際には2着でもプラスになることがあったりはあるが、トップ=勝ちなのは間違いないだろう。
麻雀をやっているとオーラスになって急にトップになるための条件を計算し始める雀士を見かける、「跳満ツモでなんとか逆転できそう」なんて都合よくオーラスに跳満手が来るだろうか。トップ取り麻雀をやっていると逆算して南1局ぐらいからは展開を考え始める。具体的には本当に安手で終わらせていい局なのかを考えたりする。
南1局で1000点のアガリ、南2局でオリを選択、そのまま南3局でアガれない場合、その次に来るのはオーラスである。20000点代でこれをやっていればトップは厳しいだろう。
展開次第で捨てゲーになるデメリット
トップだけしか意味のない麻雀は2着も4着も変わらないというゲーム性が少し難だった。麻雀をやっているとどうしてもデカトップ状態というのが来る時がある。親番を2回続けて満貫跳満などと連続和了することはまぁ有り得る話だ。それが東場に起きてしまい、普通の麻雀なら残り3人は2着を狙うといった形になるのだが、このルールではもはや捨てゲーのようになってしまいがちだ。
しかしながら当時はまだまだ麻雀を覚える段階であり、そこまで深く考えてはいなかった。余裕でオーラス4着アガリなどが出まくっていたぐらいだ。

悪鬼流麻雀においてルール無用の「トイトイの構え」を編み出し、数々の大物手を蹴ってきた実績を持つ。トイツ濃度という考えを独自に進化させ、立直者に対しては決して楽をさせない打ち筋を選ぶ。座右の銘は好牌先打・尖張牌。
好きな役は「対々和」好きな雀士は「土田浩翔」


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